「毛綱毅曠の建築脳」を見て

建築旅日記
毛綱毅曠の建築脳を見て

本記事は、釧路市内に残る毛綱毅曠氏の建築作品を巡った体験とあわせて書いています。
実際に歩いて見た建物については、こちらの記事にまとめています。
▶︎ 釧路のケンチク|建築家・毛綱毅曠氏を巡る釧路の旅

― 思想に触れて、建物をもう一度考える ―

10月10日(土)、北海道立釧路芸術館で開催されていた
「毛綱毅曠の建築脳」展を見てきました。

この日は14時から学芸員によるギャラリーツアーが予定されており、その時間に合わせて来館。展示をただ眺めるだけでなく、解説を聞きながら見られるのは貴重な機会です。

本当は、10月4日(日)に開催されていた「トーク&ウォーク」にも参加したかったのですが、スケジュールが合わず断念。後日、学芸員によるイベントレポートを読んで、釧路キャッスルホテルのウェディング・チャペルやテラスに入れたことを知り、行けなかったことを少し後悔しました。


建築作品だけでなく、「建築古事記」の世界へ

今回の展覧会は、毛綱毅曠氏の建築作品紹介にとどまらず、序盤で彼が思考していた
**「建築古事記」**の世界観が提示されていました。

その画力は非常に力強く、壮大で、独特な世界が広がっていました。一方で、正直に言えば、思想を建築という現実のかたちに落とし込む技術が十分に伴っていなかったのではと感じる部分もありました。

ただ、それを「欠点」と言い切ってしまっていいのか――。
理想を持ち続け、真っ直ぐに夢を描き続けることは、年齢や経験を重ねるほど難しくなっていきます。多くの場合、現実に合わせて理想を削り、丸くなっていくものです。

毛綱氏は、そうならなかったのかもしれません。
言い方は少し変かもしれませんが、いい意味で「中二病」を患ったまま、建築に向き合い続けた人。そのピュアさこそが、彼の建築の原動力だったように思えました。


建物の「なぜ」が少し腑に落ちた瞬間

建築古事記の作品を見たあと、
釧路フィッシャーマンズワーフMOO / EGG、釧路市立博物館、釧路キャッスルホテルといった建物を思い返すと、

「ああ、だからこの形なのか」

と、少し腑に落ちる感覚がありました。

奇抜に見えていたデザインや、強すぎる個性の奥にある思考の源流を、ほんの少しだけ覗けた気がします。


まだ理解できないから、もう少し近づきたい

展示の中で紹介されていた分厚い書籍について、学芸員さんが
「正直、理解するのは難しいですね」と苦笑いしていたのが印象的でした。

それでも、だからこそ読んでみたい。
まだ理解できていない世界に、もう少しだけ近づいてみたいと思っています。


建築学生だった頃の感覚が、少し戻った

一人の建築家について、2か月近く考え、調べ、歩き、展示を見て回る――
こんな体験をしたのは、建築学生だった頃以来かもしれません。

懐かしい感覚が少し戻り、同時に新鮮な発見にも出会えた、実りの大きい展覧会でした。
こうした機会に恵まれたことに、ただ感謝するばかりです。


おまけ|折り紙建築との出会い

展覧会関連の記事を読んでいて、
「これは欲しい…!」と思った折り紙建築の用紙を、実際に入手してきました。

折る前の状態がこちら。
(※このあと完成したら、また別で記録したいと思います)

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